講師陣:文化と科学コース

畑 祥雄

ひとりでも発信できる総合映像の近未来

昔から、ひとりでできる映像表現は写真であった。
組織にも巨額な制作予算や締め切りにも縛られることなく、写真家は一人で撮影をした。
マスな読者・観客・視聴者を持つ新聞・映画・テレビのような大きな反響がなくとも、個人として深い洞察力やアイディアがあれば写真展や写真集が話題になり、メディア伝播をしながら社会に影響を与えた。現在、インターネットがWeb2.0と云われる映像や音楽がスムーズに送受信できる時代になると、普通の人が世界につながる独立自営のネット放送局を創れることになった。
もちろん、偉大な映画監督やプロデューサーの存在や巨額な宣伝活動が世界中に大反響を呼ぶ映画作品やTV番組を創る事実は今もある。
しかし、これからの時代は偉大な人のみを求めていない、「悪貨は良貨を駆逐する」の真逆で、普通の人が創る「良い映像表現の数の圧倒的な力」が劣悪な番組を見限る市民心理を増殖させる、この新しい法則が世界中で動き出している。
この歴史的な社会心理の大変容にいち早く気付き、総合知を学び、映像で行動する人が、新しい時代の表現プロデューサーになれる可能性を持つ。
「IMI/グローバル映像大学」は時代の変わり目を体感できる学びの場として一歩先を走り出している。

写真家/文化プロデューサー/関西学院大学総合政策学部メディア情報学科教授
1980年『背番号のない青春』で写真家としてデビュー。
以後、現代社会に鋭い視線を向けた作品を発表。
代表作は『西風のコロンブスたち』、『HANAKO/改良ニワトリの一生』など。
花博写真美術館の企画立案&プロデュース。
1997年通産省委託「文化財画像データベース」調査報告書作成に参加。
「複製時代-7つの個展-」出品(ハラ・ミュージアム・アーク)。
1998年文化庁近現代美術専門研修会講師担当。
1992年第3回ロッテルダム・フォト・ビエンナーレ招待作家。
パブリックコレクション:京都国立近代美術館、和歌山県立近代美術館、リバティーおおさか、スキーダム市立美術館(オランダ)など。
同志社大学法学部卒業、成安造形大学メディアデザイン群教授を経て、現在、IMI/グローバル映像大学の総合監督および宝塚メディア図書館代表理事を務める。


森 公一

メディアアート研究/同志社女子大学教授
1958年大阪生まれ。
大阪教育大学大学院修士課程修了。
映像作品、マルチメディア作品の制作を行う。
『Cosmology of Kyoto 京都千年物語』(1994年)、『Tripitaka 玄奘三蔵求法の旅』(1997年)、『イリヤ・カバコフ “Sitting-in-the-closet Primakov”』(1999年)などにおいて制作ディレクションを担当。
現在はメディア・アーティストのジャン=ルイ・ボワシエ氏らとともに、「インタラクティブのエクリチュール」についての研究を展開している。


ヲノサトル

時間のつかいかた

映像と音楽の最大の共通点は「時間」にしばられることだ。
音楽は時間なしに存在できない。
音波は空気の振動だし、振動は物理的性質として時間を必要とする。
また映像は、時間軸上で変化し続けることによってのみ、それが「画像」ではなく「映像」であることを証明できる。
フォトシネマのように静止画のみで構成された作品も、全体としてみれば画面の順列配置が時間を生み出すからこそ、映像作品と呼ばれる。
しかし同時に、物理的な時間を超越する一種のトランス感覚を、どのように受け手に与えられるかで作る側の力量が問われるのも、この2つのジャンルに共通する点だ。
誰しも、長い上映時間を忘れるほどスクリーンに釘付けになった経験や、3分間のポップ・ソングから長編小説のように濃密なドラマを体験したことがあるだろう。
近年どちらの分野でも、デスクトップのみで完結する個人制作システムが急速に普及してきた。
受け手にとってはフリーサイトやダウンロード配信のような形で、自由に、断片的に、さらに言えば刹那的に、作品にアクセスできる環境が広がってきた。
その結果、これまで前提とされてきた職人芸、たとえば映像における作劇術や、音楽における楽式論のような「時間構成の作法」よりも、斬新な題材や画面構成、インパクトある音響そのものといった「一瞬の空気」が、これまで以上に重視されてきている。
つまり大事なのは、時間にしばられながらも、時間を巧みに支配し、過ぎ去る瞬間を鮮烈に生ききってみせること。
こう考えると、なんのことはない、映像も音楽も人生そのものだと言える。
「いかに生きるか」。
この永遠の命題に比べれば、「映像にどんなサウンドトラックをつけるか」だの「音楽にマッチしたビジュアルをどうつくるか」といった問題は、些細な技術論にすぎない。
それよりも、まずはじっくり人生について考える「時間」を持つことだ。
もしもあなたが真に魅力的な作り手になりたいのなら。

作曲家/多摩美術大学准教授
東京学芸大学大学院修了。
現代音楽からポップスまで様々な作品を発表。
「エルニーニョ」「サイン波とホワイトノイズのためのソナタ」などのソロアルバムがある。
芸術ユニット「明和電機」やムード音楽バンド「ブラックベルベッツ」に参加。ボシュロム「メダリストII」やカゴメ「体内環境正常化委員会」といったCM、映画「無問題2」、ゲーム「アメリカ横断ウルトラクイズ」など、映像コンテンツの音楽制作も多数手がけている。
著書に「甘い作曲講座」(リットーミュージック)ほか。
関連URL : http://www.swono.com/


有馬純寿

サウンド・アーティスト/帝塚山学院大学人間文化学部准教授
1965年生まれ。
ノイズ、エレクトロニカから現代音楽までエレクトロニクスやコンピュータを用いた音響表現を中心に、ジャンルを横断する活動を国内外で展開する。
作品もライブからCD、サウンド・インスタレーションまで幅広く、会田誠、小沢剛ら同年生まれの作家との「昭和40年会」をはじめ美術家とのコラボレーションによる展覧会への参加も多い。
主なCDに『Archipelago』、『A Study in helix』、著書に『作曲の20世紀』、『美術館革命』(いずれも共著)などがある。
2005年から2006年にかけては「40×40プロジェクト」と題し、「昭和40年会」での展覧会・イベントが多数行われた。

奥村昭夫

アイデア

グラフィックデザイナーとしてシンボルマーク、ポスター、絵本、フォント、パッケージ等のデザインも、ホームページや、シンボルマーク、ポスター、絵本の映像化デザインも、ドキュメンタリー映像をつくる仕事も重要なのはアイデアだと考えています。

グラフィックデザイナー
ロート製薬、ディアモール大阪シンボルマーク、グリコCI、グリコ、月桂冠、田辺製薬、牛乳石鹸、近鉄百貨店パッケージ他デザイン。
著書 : 『デザイン発見』(六耀社)、『干支の本』(アムズアーツプレス)、『奥村昭夫的平面設計』『奥村昭夫的包装設計』『奥村昭夫的VI設計』(広西美術出版社)。
コレクション : N.Y.近代美術館、ミュンヘン国立装飾美術館他。受賞:サントリー奨励賞、朝日広告賞、香港グラフィックデザイン賞、ニューヨークADC賞、ニューヨークTDCジャジズチョイス他。
関連URL : http://www.okumura-akio.com/


椿昇

この世界では「アップロード」(表現)することで初めて人になる

世界はインターネットによって農耕型から狩猟採取型に急激に変化した。
この世界では「アップロード」(表現)することで初めて人になる。かって無いほど「個」に平等なチャンスが与えられると同時に、自分で考え自分で判断し自分で表現しない「個」は、この世界で認知すらされないという現実が広がることも意味している。
この人類最大のパラダイムシフトに日本社会は「いやし」という過った行動を選択した。
その危機に気付き「ジダンの頭突き」に胸騒ぎを感じるのなら、いますぐ行動を起こさなければならないだろう。

アフリカで毎朝、シマウマが目を覚ます。
一番足の速いライオンよりも速く走らないと殺されることを、シマウマは知っている。
毎朝、ライオンが目を覚ます。
一番足の遅いシマウマに追いつけないと飢え死にすることをライオンは知っている。
ライオンであろうとシマウマであろうと変わりはない。
日が昇ったら、走りはじめたほうがいい。
アフリカの諺(出典:フラット化する世界 トーマス・フリードマン 日経新聞社)

現代美術作家/京都造形芸術大学空間演出デザイン学科教授
2005年「リトルボーイ」展ニューヨーク、パレスチナアルカサバシアターの美術を担当、同時にWebを使った参加型プロジェクトに展開。
2003年水戸芸術館で戦争と人間の関係を問う「国連少年」展を開催。
2002年教育用ロボット『ニューロキューブ』をリリース。
2001年横浜トリエンナーレで室井尚と巨大バッタを展示。
IMI受講生たちと多様なプロジェクト型アートを開発している。
関連URL : http://unboy.org/  http://d.hatena.ne.jp/unboy/